優しい死神と永遠の未来の覇者

 

 

 

「お前は死神か?」

 どこか楽しそうに問う声がヴィジランスの耳に届いた。

 天幕の付いたベッドの上、体を起こして窓の外を見ている少年。少年の目は庭園の樹木に隠れて窓

の奥を見ようとしていたその影の姿をはっきりと捉えていた。

 そう。少年は見つかってしまって困った瞳をしているヴィジランスの両眼を捉えて放さない。

「死神なのだろう?」

 さっぱりと問うてくるその声に、ヴィジランスは答えることはできない。

「いいんだ。そんなところに隠れずとも、私の部屋に直接来るといい。死神ならば赤禍の心配もいらぬだ

ろう?」

 姿に似合わぬ硬い言葉でその影に呼びかける。

「死神でもいいから来てくれ。私は退屈なんだ」

 ――一人で、寂しいんだ。

 ヴィジランスにはその心の叫びは聞こえなかったけれど。

 あまりに優しすぎるその死神は、その声に答えてしまった。

 

 

 

「死神……そう、君たちの概念からすれば死神と言う言葉で表せる者だろうね」

「もう迎えに来たと言うわけではないだろう?」

「……ああ、違うよ」

 いつかはそのときも来るのだろう。少年の魂を迷わぬよう導いていくその使命が、ヴィジランスにはあ

る。

 そしてそれは、もう後2週間もないうちにやってくる。

 天幕のそばにまでやってきたヴィジランスは、ベッドに身を起こしている少年の姿を改めて見た。

 病によって体の芯がやせ細ってしまった印象こそある。しかし彼の瞳に宿る色は燃え盛るように赤く、

そして地平線に沈みゆく夕日のようにもの悲しげだ。

「ならば、何故このようなところに?死神に『ちょっと散歩に』などと言われても私は笑えぬぞ」

「そうだね……しかし、似たようなものかもしれない」

 覇王メディアンの息子、それはすなわち次代の覇王であり、その楔でもある。

 彼が死ねば、メディアンの後継者はいなくなる。すなわち再び時代が戦乱の世へと戻るということに他

ならない。ひとつの命によって、いくつもの命が奪われることが運命付けられるのだ。

 しかしヴィジランスには死を操る力などありはしない。あるのはただ導く力だけだ。

 だからせめて、その運命の姿を目に焼き付けておこうと。

 その覚悟のために、ここへと足を踏み入れた。

「散歩にか?面白い死神だことだ!」

 ヴィジランスの答えに少年は声を上げて笑った。

「そなた、名前は何と言う?それとも死神は死神で人のような名前はないか?」

「いや……私はヴィジランス」

「ヴィジランス。ほう、ヴィーとでも呼んでよいか?」

「あ、ああ。構わない」

 屈託なく微笑んでくるその少年の強さに、ヴィジランスは引き込まれるばかりだった。

 世界の歴史のひとつとして、見守っていこうと。そう思っていたのに。思おうとしていたのに。

 一人の『少年』に、ヴィジランスは出会ってしまったのだ。

「ああ、私が名乗るのを忘れていたな……知っているとは思うが、私は――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 父上がベッドの前で心配そうに私を見つめているのが分かる。

 それでも、私はその声に答えることはできなかった。

 もう、その力は残されてはいなかった。

 霞む視界の中、何とか父の姿を捉えようとその瞼をこじ開ける。

 

 遠く聞こえる会話の中、突如父の纏う気配が変容したのが分かった。

 父は何かに囚われたのだ、とぼやける思考の中で思った。

 

 もう、私を見てはくれない。

 私を見てはくれないのか。

 父様、私を、私を――見て。

 お父様。

 

 え?

 

 死を統べる者を―――殺す?

 

 違う。

 違うんだ父様。

 

 ヴィジランスが悪いんじゃない。

 

 ヴィジランスはそんなことを望まない。

 

 ヴィーを、殺さないで。

 

 父様。

 

 お父様。

 

 

 

 震える腕をどれだけ必死に伸ばしても、天幕の間から覗く父の姿は――私を見てはいない。

 視界にはただ、赤斑に彩られた自らの手の甲のみ――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう少し脇道にそれる話もあったけど、ここで一度キリ。
メディアンの息子が死ぬのは世界統一の10年後。某雑誌には10歳で死んだってあるけどそこはどうなんだろう。
2007/03/20