笑顔を振りまく暇があるなら泣けばいい

 

 

 私は大丈夫だよ、とどこか痛々しい笑みを浮かべてリベアは立っていた。

 

 

 台所でホタポタの皮を剥くのを手伝っていると、ドリーシュが心配そうにリベアの方を見つめてくる。

 最初一緒に奥さんの手伝いをしたときにはドリーシュの手つきの危なっかしいこととなかったのだが、

数日の修行の成果は格段に現れているらしい。ものを知らない代わりに、彼女は何につけても飲み込

みが早い。

「よそ見してると危ないよ」

「あ……わたくしは大丈夫です。それよりもリベアさんのほうが……」

「私は大丈夫だよ」

 ホタポタを剥く手を止めて、ドリーシュのほうに微笑んでみせる。

「悲しんでいる暇があったら笑って、少しでも元気になろうって思わないと」

 

 

 

 

 

 

『相棒よぉ……』

「何?」

 夕食が終わって、夜の寝るまでの時間。リベアが一人で外にいると、ギグがどこか歯切れ悪く話しか

けてきた。

『お前さあ、ババアの墓んとこには行かねえのか?』

「……いかない。全部終わってから」

『だったらなんで外でウロウロしてんだ。寒いじゃねーか』

「ごめん。中入ろうか」

『いや、別にいーんだがよ……』

 会話が途切れる。お互いに、何が話したいのかいまいちよく分かっていない。

「中にいると、皆が声かけてくるから」

『お優しいこった。相棒だってそういうのが好きなんだろ?』

 皆が気遣って声をかけてくれる。でも、リベアはそれに笑顔で答えてみせる。

 リベアは強くなければならない。

 レナ様――ベルビウス様がいなくなった今、彼女の遺志を継ぐためにも、リベアは弱気になどなっては

いられない。

 でも。

「ずっと笑ってるの、疲れるんだ」

『んなら笑わなけりゃいいだろが』

「悲しんでるわけにもいかないよ」

 それに、と内なる存在にリベアは微笑んで見せた。

「ダネットが私の代わりに泣いてくれる。お墓に手を合わせてくれる」

 私は、その代わりに全てを終わらせることが先決だから。

「悲しんでいる暇があったら私が笑って、少しでもダネットを勇気付けてあげないと」

 そうやって一息で言い切ると、ギグは少しの間黙って、そして吐き捨てるように呟いた。

『お前じゃねーだろが』

「え?」

『俺様は別に構いやしねーんだよ。相棒に泣かれても顔がぐしゃぐしゃして気持ち悪ぃだけだし無駄に息

は詰まるし目の前は見えにくくなるし、何より鬱陶しいだけだからな!』

「ギグにそんなの見られたくもないよ」

『俺だってごめんだぜ……やるなら俺が寝てるときにでもしてくれ。そうすりゃ俺には見えねえし』

「うん。だから泣かないよ?」

『あー……俺はもう寝るっ。腹も膨れたしな!他にやることもねえしよ。暇だ」

「そうだね。じゃあ中に入ろっか?」

『お前も、暇があるなら……笑顔振りまいてる暇があんなら泣きゃいいんだよ』

 じゃあなっ、と逃げるようにギグは黙り込む。

 その唐突な言葉に、リベアはただ目を見開いた。

 ずっと、ずっと、いつまでも瞬きすることなく。ただ夜の畑を見つめ続ける彼女の瞳には、しかし何も移

ってはいない。

 

 いつまでも外気に晒されている眼球を守るために彼女の瞳に溜まった液体が溢れ、頬に一筋流れた。

 

 それでもずっと目を開いているリベアの瞳は乾いて痛かったけれど、ギグは文句を言わずにただ黙っ

ていた。

 ぐがー、とワザとらしい鼾を立てて、ずっと寝ている振りを決め込むことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ギグが気遣ってくれたのが純粋に嬉しかった。 2007/03/21