揺りかごを抱く者たち

 

 

 ダネットの最期の顔は、寂しそうに微笑んでいた。

 お前を置いていってごめんなさい、と唇が動いたように思った。

「私が選んだことなのに」

 魂の抜け殻の傍にそっと寄り添い、リベアはダネットの手に軽く口づけた。ああ、あまりにも軽い。一緒

に並んで手を繋いだ日、思い返そうにも思い出せないほどに遠く、そして懐かしい。ぶんぶん勢いよく手

を振って共に歩いた。今リベアが手に持つのは、力を入れれば折れてしまいそうなか細いしわがれたも

のだった。

「ごめんね、ダネット」

 ゆっくりとその手を戻して、慈愛を持った司祭として誰からにも慕われた老婆の友人は、彼女を慕う者

たちの目に触れぬようにその場を後にした。

 

 

 

「お待たせ、ギグ」

「……早かったな。もういいんか?」

「うん。長くいても意味がないよ」

 困ったように微笑むリベアに、ギグは掛ける言葉を見つけられない。結構な時間をこの相棒と過ごして

きたが、彼女は負の感情を見せることが少ない。他人にも、自分自身にも。そういえばベルビウスの時も

そうだった。

「ダネット、ギグがいないこと怒ってたよ」

「俺はそんなガラじゃねぇだろーが」

「でもちゃんとダネットを送ってくれたんでしょ?」

「そんなん当たり前だろーが」

 そっぽを向きながらもしっかりと答えたその言葉。その優しい言葉にリベアは満足そうに目を伏せた。

「うん。後はベルビウス様に任せる」

 彼女の魂が再び迷わずこの地へと降り立つことが出来るように祈る。

「ねえ、ギグ」

「なんだ?」

「私たち、ずっと相棒同士だよね」

「今更そんなこというんかよ」

「うん」

 そっぽを向いたままのギグの手を、リベアは遠慮がちにそっと握った。

 身体の時を止めたのも、ギグと共に世界を生きると、そう決めたから。

 ギグと共に人らしく生きることを決意し、そして人として生きることをやめた。

「ギグはギグでいてね」

 ハーフニィスの世界はきっといつまでも変わり続ける。

 人として生きながら全ての人から取り残されたとき、そこに何が残るのだろうか。

 一人になるわけではない。ベルビウスも、レナも、他にも人の時の流れを知らない者はいる。

「相棒よ」

 ギグはリベアの手をやんわりと振りほどいて、彼女のほうへと向き直った。

「俺は腹が減った。オウビスカの方にホタポタ食いにいこうぜ」

「……うん」

 ああ、だからこの男は。

 きっと彼は、リベアが世界の全てを敵に回したとしても、最後の最後まで全く変わらぬまま彼女の傍に

いてくれる存在なんだろう、と。

「行こう、ギグ」

 互いから手を繋ぎあい、2人横に並んでその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どちらかが寄りかかるのではなくて、対等な関係を。
20070325