灯台
いつからか、高い高い空の上から目の前のものを見ているような気分しかしなくなった。
僕が立っている場所はここではなく、もっと違うところなのだと。
何をしても何も感じなかった。
だって、僕はここにいないのだから。
レインウォールと呼ばれた街。
僕とパパと……ルセリナとママとの、バロウズの街はもうない。
悔しかったり悲しかったり……怒りを感じたりは……しない。
『僕』はただ、腑抜けていればいい。
だって、『僕』はそういう人間だから。
かろうじて残っていた使用人も逃げてしまって、屋敷には僕とママ以外の人はもういない。
パパはサイアリーズ様に殺された。
僕はやはりそれをどこか遠い舞台の観客席から眺めているかのような、そんな感覚をもって眺めていた。
その間中怖い怖いと震えていたのも、どこか遠い。第3者の視点で斜め上から見下ろしているような、そんな感覚。
ただただ震えていた。あの方が帰っていった後も、震え続けた。
でも、震えるのをやめた後には、何も感じなかった。
……まるで、自分のためというよりは、彼女に見せるために震えていたような気がした。
「あなたは、何を求めている?」
背後から突如声をかけられた。
僕は兵士がいなくなってようやく外に出られるようになったレインウォールを、何と無しに歩いていた。
「あなたは、何がしたい?」
まただ。
この街で僕、バロウズの者に声をかけるといったら、非難か罵倒か、その意味しかなくなった。
「まだ、あなたは死んではいないでしょう。耳も聞こえなくなったわけではあるまい」
「……何だよ……また僕を責めるのか……?」
そんな言葉を投げれば返ってくるのはつらい言葉だけだとわかっているのに、それでも僕はこの返事しか知らなかった。
「そう思うのならば、そうなのでしょう」
淡々と返すその人は、赤いバンダナをし薄茶色の髪を持った青年だった。
「かけられる言葉を責め苦と思うのならば、それはあなたにとっての責め苦。責められるに値したことをしているという自覚」
「違う、僕は悪くない!悪いのは……」
「違うと、そう思うのならば、貴方にとってそうなのでしょう」
「悪いのはゴドウィンだ!悪いのはサイアリーズ様だ!悪いのは王子だ!悪いのは……悪いのは僕じゃ……ぼく、じゃ」
ヒステリックに叫ぶ。でも、どこか演技じみた叫びだった。
無駄なことだとわかっているのに、それを理解しているのは空の上にいる自分ではない自分だけだった。
「ああ、似ていると思ったけど……そうなんだ……」
しばらく黙っていると、青年は目を伏せてひとつため息をついた。
その声はどこか呆れたような、諦めたような、でも懐かしげに口元をわずかに上げたりもしていた。
「でも、違う。あなたは彼とは正反対だ」
「……何の話だよ」
「あなたは無自覚なわけではなくて、自覚していることから逃げているだけなんだから」
ある意味始末が悪い、ともうひとつため息。
「失敗を重ねてもそれはあなたにとって何の意味もないことなんでしょうね。だって、自分のことじゃないんだから」
――彼とは違う。彼は失敗を重ねることで自身を少しずつ顧みていた。本当に、少しずつだったけれど。
一瞬どこか遠い目をして、青年は言葉を続けた。
「そして、逃げ続けたその結果がこれだ。これがあなたの望んだことですか?あなたがしたかったことですか?」
「そ、そんな訳ないだろっ!?こんなこと誰が好き好んで……」
「結果はともかく、あなたが望んでいたこと自体が『本当に求めていたこと』なのか、ですよ。それに」
後ろを向きつつ最後に言い捨てた。
「あなたの行く先には、きっと星があるはずです。星を見ることなんてできないけれど、それを見出したことがある者が言うんだから、間違いないですよ」
それに、と言って微笑んだ。
「あなたのような、不器用を通り越して道化になってしまったような人、僕は嫌いではないですしね」
空にいたはずの僕の視点が、舞台上にいる僕の目線と被るような錯覚を覚えた。
―――そんなはずはない!
だって僕は空の上にいて、舞台上で道化を演じている僕とは何の関係も――ない、はずなんだ。
彼の妹と銀髪の英雄がこの地を訪れるまで、あと少し。
⇒へっぽこ貴族の枷が外れる瞬間。130年くらい前の英雄は、親友の影を見て感傷に浸ってしまわれたようです。こんな説教臭いのはどうも嫌だなあ(何
一箇所隠し台詞あり。この台詞を入れたいと思ってもこの視点からは描写したくなかったから。
2006/10/31