《いつか見た光のもとへ》

 

 

 

 初めて来た町でカイルがまず一番にすることは、可愛い女の子探しである。

 それは女王騎士長閣下フェリド様に呼ばれて参じた女王のお膝元、ソルファレナにおいても例外ではない。早速

鍛冶屋の娘が可愛いよ、なんて情報を聞き込みによってゲットすると意気揚揚とそこを目指していた。

 だが、誤算が一つ。

「……迷っ、た」

 初めての人間に、ちょっと散策するにはソルファレナは広すぎた。見回しても水と石の調和が美しい町並みが続く

だけである。町の中心を貫く桟橋を目印として見覚えのある道に出ることも不可能ではないだろうが、しかしカイル

はまだ諦めていなかった。

 

 何としてもソルファレナの可愛い子ちゃんを口説かねば……!

 

 ソルファレナに来た目的を履き違えている、と突っ込む者は残念ながらいない。アーメス侵攻時の活躍がフェリド

の目にとまり、彼から太陽宮に参じるよう要請があった。女王騎士への任命も前提にあるようでこれは名誉なことに

違いないのだが、カイルにはどうも現実味のない話だ。

 とりあえず今の目標は鍛冶屋へ行くことだ。鍛冶屋の、可愛い子に会うこと。それは現実逃避にも近かったが、カ

イルは考えないようにしていた。

 適当な人に道でも聞こうかな。

 川の流れを眺めながらしゃがみこんでいる子供に気がついたのは、そんな時だった。

 

 少々開けた広場で人通りは少なくないのだが、彼はその風景の一部であるかのように人々からの注目をほとん

ど受けていなかった。水辺でひっそりと座り込み、腕を組んでそこに顔をうずめていた。

 違和感が、あった。

 かの子供は、同時に圧倒的な存在感を持っていたのだ。後ろ姿でありながら、光を返す銀の髪はその目に焼きつ

いて離れない。どうして、どうして周囲の者はこの子供に目をとめないのか。

 絵画のような存在。それを、初めて知った。空恐ろしくすら、感じた。

 

 しかしゆっくりと近づいてみて、次に見えたのは、闇を見つめるかのような空ろで寂しげな横顔。

 ヴォリガに言われた言葉を思い出す。

「子供には、皆幸せになる権利があるんだ」

 

 こんな子供がいてはいけない、と、直感で動いていた。

 

――――――ねぎっ!」

「ひゃあっ!?」

 

 肩をすくめ、頭のてっぺんから突き抜けるように拍子抜けした声を上げてその子供は勢いよく飛び上がった。即座

にその原因となった主を振り返る。引っ張られた銀色のおさげを自分でつかみつつ、目を丸くして戸惑いながら上目

遣いでカイルを睨んでいた。

「少年、この辺に住んでる子かい?」

 警戒されていることは承知でそれでもそれには気付かない振りをしつつ、カイルは膝をついて目線を合わせながら

晴れやかな笑顔で子供に話し掛けた。

 その子は美しい銀色の髪のおさげに、暖色を基調とした多少身なりのよい服装で、おそらくはソルファレナの貴族

の子供だろうと推測された。この年頃の少年少女というものは性別の判別をするのが難しいものである。可愛らし

い大きな目やあどけなさから少女のようにも見える、むしろ少女と見紛う程の容姿であったが、カイルは男女の見分

けについては伊達になれてはいない。

 話し掛けられた少年はもう引っ張られるものか、と両の手をおさげのガードにまわしている。初めは驚いた顔をして

いたのもすぐにひっこめ、警戒を隠さずに値踏みするようにじっとカイルを睨みつけていた。

 カイルはもう一度できるだけ優しく話し掛けた。女性に声を掛ける時に使う猫なで声とはまた別の、カイルとしては

なかなか使わない声色。

「俺、ソルファレナには初めて来たんだけどさ。ちょっと迷っちゃって」

「……」

「よかったら道教えて欲しいんだけどー」

「……」

 少年はじっとカイルを見つめるだけで全く口を開かない。表情の変化があったのは最初だけで、今の少年は無理

に感情を押し殺しているかのように無表情を作っていた。

 これは少々遊びすぎただろうか。カイルは心の中で苦笑した。初対面の相手におさげを引っ張られた挙句「ねぎ」

呼ばわりされるとは、貴族のお坊ちゃんでは想像の遠く及ばないところだろう。

「ねえ、鍛冶屋の場所知ってる?」

「……」

「実はさー、そこにいる女の子がすっごく可愛いって話なんだ。俺としてはやっぱり一度会ってお話してみたいわけ

だよね」

「……」

「でもこうして道に迷っちゃったって訳だ。このままだとそのお姉ちゃんにも会えないかもしれない。だが!それって

実にもったいないことではないかっ!?」

「……」

「もしかしたらもう二度と会えない様な絶世の美女かもしれない!俺は一人の男としてこのチャンスを逃していいの

か!そしてっ、何よりそのお姉ちゃんは俺のような男に会わずに人生を終えてよいのかっ!!??」

 握りこぶしを作って力説するカイルの目の前で、少年は終始無表情を保っていた。これでは一人で叫んでいるカイ

ルがただの馬鹿である。

「だから、俺は鍛冶屋に行きたいんだ!!」

「……」

「そうだ、少年も一緒に行くかい?ついでに俺に道を教えてくれると助かるんだけどー」

「……鍛冶屋は、知らない」

「あ……やっと喋ってくれたー」

 ようやく返ってきた高めの少年の声に、カイルははにかんだ。大抵の女性は落とせる甘い表情だが、少年にはさ

ほどの効果はないらしい。彼の顔は相変わらずぶすっとしたままである。

「少年はソルファレナに住んでるの?」

 こくりと首を縦に振る。

「でも鍛冶屋の場所は知らない?」

 再び縦に振る。

「そっかー、それは残念だ」

 全く残念そうでない様子でカイルは少年に微笑んだ。しかしその笑顔もスルーして少年は脈絡のない言葉を一

言。

 

「……ねぎ」

 

「え?」

「ねぎ、って言った」

「うん、そーだけど。あ……怒ってるー?」

「どうして?」

 首をかしげて、少年はカイルにまじめに問い掛けた。

「えーと、それはー少年のおさげが……」

「うん」

「銀色で長いじゃん?だからねぎみたいだなーって……単なる冗談だよ、冗談」

「どうして銀色で長いとねぎなの?」

「……」

 カイルはそこでようやくおのれの失敗に思い至った。

 貴族の子供なのだ。食事などすでに調理されたものを食べるだけ、調理前の食材などほとんど目にする機会はな

いのだろう。少年にとってねぎとは料理に入っているきざまれたものしか知らず、長くて先のほうが青かったりする

ねぎなど知識にないのだ。

「あー……」

「……?」

「少年よ!」

「……!」

 突然話を振られて少年は身を縮ませた。

「少年も、人として、男として!もっと経験を積んでおいたほうがいいと、俺は思う!!」

「……?」

 カイルの突拍子もない言葉にさすがの少年も眉をひそめた。

「よし少年よ、ともに鍛冶屋へと行こうではないか!俺が男としてのあれこれと、そのついでに常識ってやつを教え

てやろうっ」

「……」

「少年は男の子だろう!?この年頃の男の子って言うのは可愛い女の子の一人や二人にいたずらしてみたくなるも

のだ!少年にその辺をみっちりと教えて……」

「……父上に、怒られる」

 少年がカイルの熱弁に口をはさんだ。何故か苦笑気味に。

「お父さん?お父さんが怖くてナンパが出来るかっ。少年も一度はこう言った経験をして……」

「僕じゃなくて、カイル殿が」

「え、あれ。名前言ったっけ?」

 

「カイルよ、うちの息子に何を吹き込む気だ?」

 

「――――――――――うぇ、あ、フェ、フェ……フェリド、様っ!?」

 

 振り返ると息子とともにソルファレナに着いたカイルを迎えるために出てきていた女王騎士長が、どんよりと雷雲を

背負ってカイルの背後に構えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

⇒没題名案「ねぎ記念日」←サラダ記念日から(笑
 カイルは女性の判別にかけて右に出るものはいない。違いない。絶対だ。