《待ち焦がれた日》
太陽宮に来てはや数年、カイルはようやく見習いから正規の女王騎士へと昇格することが決まった。詰め所にて
正装に。目元に朱をひいて、数年掛けて伸ばした金の髪を結い上げる。
その姿は立派な女王騎士。さすがのカイルも感慨深く、自分の姿に酔いしれていた。正装になるのを手伝ってく
れたガレオンも満足そうに頷いている。
「カイル」
「あ、王子ー」
詰め所に突如現れたのは、傍らに少女を引き連れた王子であった。
「カイル様、女王騎士への昇格おめでとうございます」
「ありがとー、リオンちゃん。リオンちゃんもすぐになれるよ」
連れられた少女はつい最近見習いとして認められたばかりで、カイルの姿は正に目標の姿である。純粋な憧れ
の眼差しを一身に受け、カイルとしても少々くすぐったい。
「王子、もしかして俺のお祝いに来てくれたんですかー?だったら嬉しいんですけど……」
「そうだけど、そうじゃない」
へらっとしながら聞いてくるカイルに、ぶっきらぼうに返答を返す。
「何ですかそれー」
「だってカイルだから」
「それってどーゆーことですかー?あ、王子にとって俺なんてどうでもいい存在だって言うんですね!俺は遊びだっ
たって言うんですね!?うう寂しいなあ……」
「僕は慣れてるからいいけど、リオンに変なこと吹き込まないでね」
よよ、と顔を手で覆ってあからさまな泣きまねをするカイルをレグルスはさらっとスルーした。
これでも数年前に比べると王子の感情表現は飛躍的に向上している。最初の頃など何を話しても、よくて無表情
で軽く相槌を打つだけ、気の向かない時など完全に何の反応も返ってこないことだってあった。
おのれの成長と同時に王子の成長も同時に感じ、カイルはしみじみと感動していた。
「父上は?」
「え、ああ、フェリド様なら奥の部屋に……」
突然の王子の問いにカイルは急いで現実に戻り、背後の扉を振り返りつつ返答して王子に背を向けた瞬間。
「―――――――とうもろこしっ!!」
「どわあああああ!!??」
カイルの結いたてほやほやの金髪おさげが、王子の全体重を掛けて勢いよく引っ張られた。
芋掘りのごとく、根っこから引っこ抜くかのように。
ぶちぎちぶちっ、と髪の毛が抜ける恐ろしく嫌な音が詰め所じゅうに響き渡った。
部屋の隅で微笑ましげに王子とカイルのやり取りを見ていたガレオンは何が起こったかがわかっていないようで
ただ目を丸くしていた。
ちょうどその時奥の扉から出てきたフェリドは扉を開けた瞬間に響き渡った叫び声に呆然としていたが、はっと正
気に返ると口元をゆがめて、全くこらえようとはせずにがははと笑い出した。
「お返し。リオン、行こうっ!」
「あ、はいっ。フェリド様、失礼します!」
その原因となった王子は悶絶しているカイルを一瞥すると、リオンの手を引いて詰め所を走り出ていった。手を引
かれたリオンもフェリドに一礼しただけで、カイルには同情の眼差しすら送ってはくれなかった。
「あはは……俺、何かしましたかー……?」
綺麗に結われた金色の髷は見るも無残にぐちゃぐちゃになり、髪が抜けた痛みと王子の仕打ちに対する悲しみ
によって、カイルの目じりには涙がたまっていた。床に突っ伏したまま、乾いた笑いがこぼれる。
「カイル、お前相当あれに気に入られたようだな!」
突っ伏したままのカイルに、つぼにはまったらしくなかなか笑いの収まらないフェリドが楽しそうに言った。
「フェリド様ー……どうしてそんな結論になるんですか……」
「俺など一度もレグルスから悪戯などされたことがないぞ。全く羨ましいやつだ」
「……てか、むしろ根に持たれてたというか……」
初めて会った時のこと、覚えててくれたのかな……。
お返し、と言って出て行く間際、いたずらっ子みたいに僅かながらも楽しげに口元をゆがめたレグルスの姿を思い
出し、カイルは涙ながらに苦笑した。
面倒だと思いながらも数年掛けて伸ばした髪は、なかなかの価値があるものだったのかもしれない。
⇒カイル19歳、レグルス10歳、リオン11歳くらい、かな。王子はカイルに仕返しするために、引っ張れるくらいまでに彼が髪を伸ばしてそれを結うのを待っていた。ずっと機会を見計らっていた……執念だね。
「王子ーどうしてとうもろこしなんですかー?」
「イルカでもいいけど」
「……イルカですかー???」