《私とあなたをつなぐ手のあたたかさ》

 

 

 

 まどろみの中からふと暖かい光を感じて、一気に意識の浮上を感じた。

 目をうっすらと開くと脇にいたのは嬉しそうにしている王子やミアキス様、それにシルヴァ先生。何だろうと思って

体を動かそうと思ったが、恐ろしいほどに体が重いことに気がついた。

 ゆっくりと記憶をたどって何が起こったかを理解した。どうやら私はあの時負傷してからそのまま意識が戻っていな

かったらしい。王子をお守りするという使命を果たすことは出来たが、そのかわりに王子に負担をかけてしまったよう

だ。

 ……情けない。

 そう思うと王子と顔をあわせることが出来ない。悔しくて仕方がないと顔を伏せていると、王子は寝台の脇にしゃ

がんで私の顔を覗き込んだ。

(ああ、私のことなど、私なんかのことを気にしないでください。私は王子に負担をかけるだけの存在なのですから)

「リオン」

「……はい……」

「大丈夫、だよ」

 王子は微笑みながら両手で私の左手をそっととって、包み込むように握り締めた。

 

 懐かしい、手のぬくもり。

 

 あたたかさに包まれた気持ちになって、その瞬間ほっとして私は再びまどろみに落ちていった。

 

 

 

 

 

 

「おお、来たなレグルス。お前に紹介したい子がいてな。ほら前に出ろ」

 父上に言われて女王騎士の詰め所に顔を出すと、父上の後ろには顔を伏せて固まっている女の子がいた。

 その女の子は父上に押されて僅かに前に出たが、やはり顔をうつむけたままでそのままじっとしていた。ちょっと

傷んだ感じのする黒髪に、不格好に大きな赤いリボンが頭の上で結ばれている。おそらくこれは父上の趣味だろ

う。

「ほら、怖くないぞ」

 硬くなったまま動かない女の子の頭を父上はぐしゃぐしゃと撫で、そうしながら自分の方に目をやった。お前から声

をかけてやってくれ、父上の微笑みがそう言っていることは理解できた。

 しかしこのときの自分は、家族以外の人に心を開くことなどしてはならないと戒めてることによって自己を保ってい

た。

(僕は父上や母上のように他人に対してまで心からの慈愛を与えることなど出来ない)

 父上の期待に応えることなど出来ないだろう、と思いつつもそれを無視することは出来ず、自分から切り出した。

「レグルス。レグルス・ファレナスと申します。お見知りおきを」

「全く我が子ながら硬いな。可愛い女の子に出会えて緊張しているのか?」

「……父上」

 冗談であろう事はわかっているのだが、それに切り返しが出来るほど熟達してはいない。いや、冗談ではないか

もしれないのだが。冗談交じりで本気のことをよく言う人だから。

「ほら、よろしくと言われたんだ。お前も挨拶しないとな」

「……あ……リ、リオン、と、いい、ます」

 少しだけ顔をあげて、かすれた声でこわごわと女の子は名乗った。その瞬間ほんの少しだが彼女と自分の目が

合った。

 

 人恋しいのに、人を恐れる者の目。

 日の光が差し込まない深い森の中で迷子になっている。

 呼び止めないと、そのまま消えてしまいそうな。

 

 咄嗟だった。自分でも驚いた。

 

「リオン」

「は、はい」

「……大丈夫、だよ」

 

 

 

 

 

 

 私を深い闇から引き上げてくださったフェリド様に連れてこられたのはまばゆいばかりの王宮で、私などが足を踏

み入れてよいものなのかと恐縮しながらも手を引かれるままに到達したのはどうやら女王騎士様の詰め所のよう

だった。

 そこで引き合わされたのはフェリド様のご子息である王子殿下だった。

(フェリド様は私をどうなさるおつもりなのでしょう)

 フェリド様が話している間も私はずっと顔をあげることは出来なかった。何がと問われれば答えることは出来ない

だろうが、怖かったからだ。

 顔をきちんと見ることは出来なかったが、その風貌はフェリド様とはあまり似ていないようだった。お話だと母君様

である女王陛下によく似ているということだ。でも銀髪の髪に青色の瞳、フェリド様のお子様であるというのにフェリド

様とは全く違う。

「――――レグルス。レグルス・ファレナスと申します。お見知りおきを」

 ずっと黙っていた王子が落ち着いた高めの声で声を掛けてくれた。フェリド様が私を促す。これ以上黙っているの

は王子に失礼なだけでなくフェリド様にもご迷惑になることに気がついて、私は声を絞り出した。

「……あ……」

 何とか言葉にしようと思いながら上目がちに王子の顔を覗き込んだ。

 優しく安心できるフェリド様の笑顔と比べると、王子の表情は全く違うものであった。無感動に私を見つめる眼差

し。

「リ、リオン、と、いい、ます」

 頂いた名前を伝えると同時に王子と目が合った。王子はその瞬間ほんの少しだけ目を見開いて、でもすぐに無表

情に戻った。

 表情豊かなフェリド様とはまるで対極。

 それ以上何も言えず黙り込む。王子も一言も発することはなく、少しの間沈黙が流れた。でもその沈黙を破ったの

は王子だった。

 突然一歩前に出て私の前に立つと、王子は両の手で私の左手をそっととって握り締めた。

 

「リオン」

 王子は私の名を呼んだ。

 声色は先程と変わらず平坦としたものだった。でも何故だろう、怖くはない。

「は、はい」

「……大丈夫、だよ」

 

 私は顔をしっかりとあげて王子と向き合った。

 王子の表情も先程とは変わらない。フェリド様とは全く違う無表情。

 でも、冷たくは感じない。

 

 よく、分からないけれど。

 

 フェリド様は私にとって眩しすぎるけど、王子は、

 

 傍にいて、何だか心地いい。

 

 

 

 

 

 

 その後、太陽宮には右手に少女の手を握った王子の姿が見られるようになった。

 周囲からは王子とどこの誰とも知れない少女が常に一緒に居ることに非を唱える声が相次いだが、それらは全て

女王と女王騎士長の鶴の一声ですぐに抑えられた。

 

 

 

 

 

 

 何だか消えてしまいそうだったから、引き止めたかった。

 

 リオンが恐れているものは知らない。

 でも少なくともそれは自分と似ているのではないかと思った、から。

 リオンが深い闇に落ちてしまえば、それは、自分の希望の喪失、のような気がした。

 

 消えないでください。

 行ってしまわないように、いつでも引き戻せるように、繋ぎとめるために、手を繋いでいるから。

 

 

 

 

 

 

 王子と手を繋いでいると、何だかあたたかかった。

 左手と右手で繋がっていると、王子の顔は全く動いていなくても、何だか王子のあたたかい気持ちが流れてくる

気がした。

 それはとても嬉しいことだった。

 

 私の左手は、王子と繋がっている気がするんです。

 私の体の一部なんだけど、これだけは、王子のものなんです。

 

 

 

 

 

 

 深き森の迷子たちは、二人で道を探す旅に出た。

 

 

 

 

 

 

 大丈夫だよ。

 迷いの森の中にいるのは、あなた一人じゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

⇒王子が右手、リオンが左手に紋章を宿すことを意識しています。これでリオンが常に王子の右側に立っていてくれれば面白くなったかなと思いましたが結構ばらばらでした、てか左側に立つこと多い。

生い立ちとして王子もリオンも人に心を許せるようになるには一筋縄じゃいかないわけですが、そこに同族意識+親しみを持ってくれれば(主に王子が)いいと考えます。決してその孤独の方向性は違うけど。