《舳先にかける願い

 

 

 

 群島諸国で船を出す際に、変わった風習があると王子が知ったのはつい最近だった。

 

「ゲオルグ、あれは……何だ?」

「ああ、あれか……」

 王子が指した先にあったのは港に泊まる群島の一般的な船々。しかし彼は奇怪なものを見るかのまなざしでそれ

らを見つめていた。見苦しくならない程度に顔がゆがんでいる。それでも整った高貴な顔立ちは美しいと言わざるを

得ないものがあった。

 そんな彼の指した先にあったのは舳先に吊り下げられた、白くて丸い物体。

「まんじゅう、だな」

「……見ればわかるよ。ちょっと遠目では判断がつき難いけど」

 

 群島の船にはみな、舳先にまんじゅうが吊り下げられていた。

 

 

 

 

 

 

 船の歓楽街の片隅に顔を突き合わせて座る二人の少年の姿があった。二人の前には白い山がいくつも並んでい

る。

「……まんじゅう、好きなんだな」

「好きだよ」

 テッドの目の前で皿に山のように詰まれたまんじゅうが次々と消えていく。それらはすべて一人の少年の口へと吸

い込まれていった。

「恥ずかしいけどさ、よくあるじゃない?つっかえ棒で立ててある籠の中に餌を入れてエモノをおびき寄せる典型的な

罠……」

「まんじゅうを入れられて引っかかっただなんて言うんじゃないだろうな」

 あまりにも愚かしい、猿でも引っかからない罠である。

「あはははは。あったりー」

「……」

 突っ込み不能。というか、誰がくだらないことをしようと思いついたんだ。

「多分、人参を吊り下げられた馬よろしく目の前にまんじゅうが吊り下げられたら……」

 

 喜んで永久機関の馬になるよ。

 

 笑顔で言い切った彼に、テッドは薄寒さすら覚えた。

 

 

 

 

 

 

 港に並ぶほぼすべての船にまんじゅうが括り付けられているのを目の当たりにした王子は呆れを通り越して感動

していた。

 出港していく船の先にまんじゅう。ゆらゆらと船の動きにあわせて揺れる丸い物体。

 以前ニルバ島に来たときは緊張で頭がいっぱいだったため気がつかなかった。

「あれは非常食だなんて言うんじゃないよな」

「……塩水で湿ったまんじゅうなど食えるものじゃないぞ」

「じゃあ何?」

「まじないのようなものだ、と聞いているが」

「ゲオルグにしては頑張ったほうだと思うけど面白くない冗談だ……」

 遠い目をして王子は呟いた。だがその言葉に反して彼は本当にゲオルグの言ったことを信じていないわけではな

い。むしろ王子は彼のことを無条件に信用している。

 それをわかっているのかゲオルグもさして気にせずに言葉を続ける。

「あれは海の守護神への捧げ物だそうだ。ああして舳先に括り付けておくことで守護神へ航海の無事を祈願する、と

いう意味がある」

「……だからって、まんじゅうじゃなくても……」

「海の守護神の好物なんだとさ」

 小さな島々が連なる群島諸国では交易が主な食料供給源であり、その食料の保存の関係上まんじゅうが他の地

域よりもよく食べられている。

 ……だから、全く理解できないと言うほどでもないのだが。でもどうして舳先にくっつけるのか。わざわざそんなこと

をしなくても、別の手段もあるだろうに。

「海の守護神、ねえ……」

 

 

 

 

 

 

 巨大樹が作り出した磁場が引き寄せる力とそれに対抗するために放たれた大きな力によって生まれた引力と巨

大船を丸々飲み込まんとした波が徐々に引いていき、後には静けさだけが戻った。

 まともに目をあけることが出来たのもこのときで、そして目の前にはエルイール要塞とかの青年の姿は跡形も残っ

ていなかった。

「……リーダー、は?」

 沈黙を破ったのは誰だったのか。恐る恐ると言った風に呟かれたその言葉は、確認とも取れるものだった。

 

 彼は、自分たちを守るために、罰の紋章を使い―――死んだ。

 灰となって消えた、のだと。

 

 その事実に船上は嘆きの色に包まれた。ある者は泣き、ある者はただ瞑目するも、思うところは皆同じ。宿敵を打

ち倒したというのに歓喜の声は上がることがなかった。

 何度見ても船上には彼の姿が戻ってくることはなく、それだけが事実として存在していた。

「あいつが、死ぬわけないだろ……?」

 ぽつりと非を唱えたのは、普段人を避けたがる無愛想な少年であった。

「あいつは紋章に正面から立ち向かって、それに跪くことなんて全くなかった……俺なんかとは違って」

「テッドくん……?」

「俺が生きてて、あいつが死ぬだなんてことが……あるはず、ない」

「坊主……気持ちはわかるがな」

 そばにいたリノが悔しそうに、もしくは苛立たしげに彼に向いた。

 その棘のある声は、暗にこれ以上言うのをやめろ、と。

「あいつが今ここにいないという事実は覆らん……」

「だけど死んでいるって言える確かな根拠はあるのか?死なずにどこかへ姿を消しただけっていう可能性だって……

そうだ」

 弾かれたように面を上げてテッドは大声を上げた。

「罰の紋章はどうしたんだ!?あいつに宿っていた紋章は、宿主が死んだら別の人間に宿るんだろう?」

「――――――――――――!」

 船上はテッドの言葉にざわめいた。罰の紋章は彼とともに姿を消している。新たに紋章を継承した人間は船上に

はいなかった。

「あいつは、死んでなんかない」

「じゃあいったいどこに……」

 希望を見出した船上は先ほどとは打って変わったざわめきが広がっていた。不安と期待の元に誰かが当然の疑

問を口にした。

 その問いに、テッドはくしゃりと顔をゆがませた笑顔でぶっきらぼうに言い放った。

 

「さあな……あいつのことだから、まんじゅうでもぶら下げとけばすぐに帰ってくるだろ?」

 

 

 

 

 

 

「群島の海の守護神って確か……海の向こうに消えてしまったとかいう伝説じゃなかったか?」

 群島解放戦争のときに海の守護神は英雄リノ・エン・クルデスのもとに現れ、彼に力を貸したという。守護神は多

大なる力をリノ王に与えた。

 あるときはオベルの地を占領しようとしたクールークの艦隊をその力で焼き払ったとまでいう。

 一説によるとそれは「罰の紋章」と呼ばれる真の紋章のひとつの力によるものだともされるが、真実はわかってい

ない。罰の紋章はもともとオベル王国で封印されていたものであるというが、現在は罰の紋章はオベルにはない。さ

らには紋章に関する記録においてのみは、群島のどこにも残っていないのだ。

 群島では、海の守護神は群島を守ったのと引き換えとしてとしてオベル王から罰の紋章を譲り受けて海へと去っ

たとも言われている。

「そうだな。だから海の守護神が帰ってきてくれるように、という意味合いをこめてもいるらしい」

「まんじゅうでつるって言うのも何だかなあ……しかしゲオルグ詳しいね」

「まあな……昔、少しの間だが群島にいたからな」

 

 

 

 

 

 

 かつてクールークと呼ばれた地の最も南端・エルイールへと、鉄の弓を携えてたどり着いた少年は、港に並んで出

航を待つ船々を見て目を見開いた。 

「まだ続いてるんだな、あれ」

 呆れたように、そして何故か寂しげに彼は呟いた。

「群島の海の守護神は、未だ帰らず……か」

 船に乗るつもりであった少年であったが、彼は思い出したように踵を返して町のほうへと向かった。顔には懐かし

むようなしみじみとした笑みがこぼれた。

「……久しぶりに、あいつの好物でも食べるかな。あいつ見たいに沢山は到底食えないけど」

 

 もしかしたら、彼に会えるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

⇒ギャグのつもりが微妙な描写になってしまった。

 テッドははじめ登場予定無しでしたが、最後の描写を入れたかったがために格上げ。本当は「まんじゅうでもぶら下げて〜」の言葉はスノウに言わせるつもりだったので、彼は格下げどころか登場無し(人数増やすと自分が処理しきれなくなるから←へぼ)。もっと言えばヤールを出してもっとこの伝説について解説させたかったのですが、作っていくうちにちょっと端折ってしまったので彼も出番なし(笑

 4主人公も王子も最初は名前つきで呼ばれてましたが、だんだん壊れて(得に4主。うちの彼はまんじゅうフリークではないし)いったのと、名前無しのほうが何かしっくりくることから名無しの主人公たちになりました。