かなしいひとみ

 

 

 

「ヨーンは不思議な目をしているね」

 焚き火の灯りが映りこむ黄金の瞳を、シエルは覗き込んだ。

「貴女のような目をしている人を、知っている気がするんだ」

 そして、黄金の瞳に映る自分の瞳を更に見つめる。

「懐かしいのに、怖くて、苦しい」

 そこにあるのは、幼い頃から求めても手に入らなかったあたたかさ?

 それとも、求めれば手に入るかもしれないのにそれをしてはならないという歯がゆさ?

「僕はね、ヨーン、母親というものを知らない」

 薄く笑顔を浮かべて語りだす。

「家族というものがあることすら知らなかった。だから、たとえもう鞘に収まることがないとしても、それがあるということを知れただけで嬉しかった」

 だから、と一息つく。

 そして躊躇いの時間が数瞬、しかし言葉ははっきりと告げる。

「ヨーン、もしも貴女が彼に黙ったまま彼の元を去ろうというのなら、僕は貴女のことを恨むだろう」

 ヨーンはその言葉を、黙って、聞いている。

 彼がヨーンの目を覗いているように、ヨーンも彼の目から目を逸らさない。

 彼女は、母親を知らない子どもの言葉を、自身の罪状を読み上げられるがように、黙って、聞いている。

「でも、ね」

 泣き笑いのような顔をして、シエルは呟いた。

 それでも視線は逸らさない。ヨーンの目から、そしてその中にある自分の目から、逸らせない、逸らしてはいけない。

「僕はヨーンを責めることはできないよ。僕に貴女を責める資格なんてない、よね」

 

 母親の愛を知らない子どもと、愛を直接与えられない母親。
 弟であると言えない(言わない)シエルと、母であると言えないヨーン。
 ・・・よんよん大好きだが、全く見ない。

 初稿 20061227
 修正 20080823

 

 

 


 

 

格好良くなんか無い、ただ必死に生きていたい。それだけで、

 

 

 

 一瞬の選択を迫られたとき、本当に冷静な判断なんかできると思う?

 

 命と何かを秤にかけるだなんて、そんな面倒な思考はできやしない。そんなこと考えてる暇も無いから。

 だから、自分の命を懸けて誰かを守る、とかそんなふうに考えたことは無いんだ。

 あくまでそれは、自分の命を守るために使う力だから。

 

 例えば、いきなり目の前に剣が振り下ろされたとしたらどうする?

 反射的に避けるか、反撃するか、するよね。

 それと一緒。

 ただ、生きようとする人の生存本能に身を任せるだけ。

 生きていたいから。

 ただ、それだけ。

 

 罰の紋章を使っても、今は死んでいない。

 でも、さっきだって船が目前まで迫ってきていて、ああしなければ絶対に死んでいただろう?

 だったら、生き残るための最善を尽くしただけだよ。

 

 ね?

 聖人君子なんか存在しないんだよ。

 

 

 

 尋ねたその人の目も見ずにほとんど一息で言い切って、彼はその場を後にした。

 

 

 

 でも、オベルが占領されようとしたとき、あの時は――あなたに命の危険は無かったはずだ。

 少なくとも、あなたのすぐ目の前には。

 

 

 

 本当に、それだけ。

 ただ自分が生きていたいだけ、それだけなんだ、って、

 それだけ、なんだよ?

 

 

嘘じゃないけど、本当でもない。

初稿 20070517
ブログより転載