長い夜の前に訪れる、長い夜
12月30日、夜7時ちょっとすぎ。アイギスの決意も新た、決意の光が新生・特別課外活動部を包み込む。
「アイギス復帰記念に、鍋しましょうか」
「お、いいねぇ!何鍋やるよ〜。ちゃんこ、キムチ、それとも海鮮?」
「闇鍋」
いつもどおりのポーカーフェイスで平然とイロモノ料理の名を口にした彼に、うきうきとのっていた順平は盛大にずっ
こけた。
「ちょ、待てよ!闇鍋って、あれだろ!?」
「暗闇の中、皆が持ち寄った食料と呼ぶにもおぞましい食料を鍋にぶち込んで死線を超えようというイベントですね」
「アイギス!それ微妙にいいところついてるようで違うから!てか違ってないとやばいから!」
「わたし、闇鍋なるもの初めてです。楽しみです」
「え、アイちゃんノリノリ!?」
眉毛を下げた順平がほとほと困って周りを見回すと、そこには信じたくもない光景が待ち受けていた。
「ほう……闇鍋か。何を入れるかな……やはり力がつくものでないと」
そっちでは真田が真剣な表情で闇鍋に入れるものについて吟味している。
「やみなべ……ほう、そんなイベントがあるのだな、興味深い。『食料と呼ぶにもおぞましい食料』を入れねばならん
のか」
あっちでは美鶴がアイギスの言葉を真に受けている。
「コロちゃん、これ入れようと思ってるんだけどどうだろう……?」
むこうでは風花がコロマルに材料(らしきもの)を見せようとしているのだが、コロマルはキャインキャインと泣き喚き
ながらそこから逃亡を図っている。
「乾くんはどうする?」
「明日の選択を迫られる前に命の危機にあうのはごめんです」
「じゃあ一緒に行こうか」
「そうですね」
気が付けばそんな会話を残してゆかりと天田はいつの間にやら姿をくらましていた。
「ゆ、ゆかりっチ、天田ー……卑怯だぞー!!!」
半泣きで叫びながら、順平自身も離脱を図りたいのだが……肩をぽん、と掴まれた。
「どうした?」
「ゆ、ゆかりっチと天田がちょっち外に出ていっちまったから、おれっちもちょっと……」
「どこか、いくの?」
常に無表情な彼が見せた、殺人級の極上笑顔。
ただし、目が笑っていない。
逃げ場なし。
「な、なあ?」
「どうした?」
「……闇鍋は、やめとかねーか?」
一縷の望みをかけて説得を試みる。順平の言葉に彼は眉根をピクリと動かした。
「ほ、ほら……おれらには明日に大事な日が差し迫ってる訳だしよ?」
「……」
「今日のところは、ほら。穏便に……」
「順平」
彼の低い声。視線を痛いほど真っ直ぐ順平に向け、真剣な面持ちでゆっくりと口を開いた。
「もし今日という日を逃せば、二度とこんな機会は訪れないかもしれない。明日を過ぎたら皆忘れてるかもしれない
だろう?」
はっと目を見開いた。順平は思わず彼の肩をつかむ。
「お前……まさか、まだ迷ってんのか」
「違う」
彼はやんわりと順平の手をどけた。しかしどこかその表情は暗い。
「可能性のひとつ。もしかしたら、もう、こうしてふざけることもできないかもしれないというだけ」
「やっぱり迷ってんじゃねーか」
「違うと言ってるのに」
むう、と少し唇を尖らせる。その様子に順平が苦笑すると、彼は気を取り直したように先程の殺人級極上笑顔で言
い切った。
「いいじゃないか、今日くらい羽目を外したって」
羽目を外して死んだらどーしてくれるんだ―――――
叫びそうになったところを順平はぐっとこらえる。チドリにもらったこの命、こんなところで果てたくはない。ましてや、
仲間の手によってなど。
彼との話で忘れていたその他メンバーの方をちらりと見た。
「ウコケケクエー!」と叫ぶ魚のような爬虫類のようなものをどこからか仕入れてきた美鶴。
口から血を流して床に転がったコロマル。
レインボーに光る器を片手に首をかしげている風花。
コロマルさんの好物の骨付き肉です、と言って見せてるのは人間の腕じゃありませんかアイギスさん?
首をもげそうになるほどぶんぶんとふる。
勇気を出して、順平は訴えた。
「頼む、考え直してくれ!プロテインベースの筋力増強鍋になるのはごめんだろ!?」
嬉々としてプロテインのボトルを大量に用意している真田が、ん?と振り向いた。
「……」
「な、な?」
残念ながら今この場には「説得に使うのがプロテインなのか」ということを突っ込んでくれる人は誰もいない。
そして順平の必死の思いが通じたのか、彼もその言葉に頷いた。
「そうだな。プロテインはちょっと……」
「なんだプロテインのどこが悪いんだ?」
「いやっ、真田先輩まず突っ込みどころが多すぎてどうにもなんないんっすけど、まずプロテインを俺にぶっ掛けるの
はやめてくださいって」
「順平、強くなりたいだろう?」
「とりあえずプロテインは却下」
「何だと!?」
彼の重い一言にショックを受けて崩れ落ちる真田。タオルで頭を拭きながら順平は哀れみの目を向けた。
……どうして変な絶叫上げる生物や一匹軽く憤死させる七色物体や人の腕らしきものは許せて、プロテインは許
せないのだろうか。突っ込める人間は存在しない。
存在するとしたら、それは、神か。
「仕方ない、闇鍋はとりあえず延期にしますか」
「何だと、せっかくグループに言って取り寄せたのだが……」
「え、残念……」
「死線を越える瞬間というのを見てみたかったのですが……」
言葉を発することができる者が口々に遺憾の意を述べる。ちなみに順平は危機を脱出できたことに感動しており、
真田はプロテイン全否定に打ちひしがれ、コロマルはまだ血を吹いて倒れていた。
「じゃあ岳羽と天田にも戻ってくるように連絡するか……」
「ちょっと待った」
「何?」
「え、なんで俺が出てくのは止めて、ゆかりっチたちは見逃した挙句に普通に呼び戻してんの?」
「だって順平だし」
「は」
「だって順平だし」
「二回言った!」
叫んでいる順平を無視して平然と携帯電話を取り出してボタンを押した。
すると、寮の外からゆかりの携帯の着信音が聞こえてくる。
「ゆかりっチ、近くにいたんだ……」
「もしもし……ああ……帰ってきていい。天田も一緒?……ん、じゃ、ばいばいきーん」
別れ台詞に絶叫しそうなところを両手で口をふさいで我慢した。
この時、順平は自分を褒めてやりたいと、心から思った。
通話が終わって5秒後、がちゃりと寮の扉が開いた。
「闇鍋やるんだよね。僕も参加させてもらってもいいかなあ?」
「お前が来るのは1日早いんじゃねえかっ!?綾時!!!」
何故か上機嫌な綾時は順平に勢いよくボディブローをかました。ちなみにゆかりと天田はそそくさと部屋に戻って
いった。早業だ。
「いやあ、偶然ゆかりさんと天田くんに会って。で、闇鍋するって言うじゃないか!それはぜひとも僕にも参加させて
もらいたいなあって思って、ついてきちゃった♪」
「まず偶然会ってとかいうのに色々突っ込みたいけど、その前に『ついてきちゃった♪』なんて可愛く言っても駄目だ
し!」
「いいじゃないか。今日も明日も変わらないよ」
「でも闇鍋は残念ながら延期となってしまいました。ご足労様でした」
「えっ、アイギス……それは、本当なのかい……?」
「大変遺憾ながら」
アイギスはそっと目を伏せた。
「そう、なの……?」
綾時は先程の浮かれようが嘘であったかのように崩れ落ちた。
「……大げさじゃねぇ?」
「綾時は『死』と同存在でもあるからな。『死』を引き寄せるイベントには恐ろしいほどに親近感が湧いたんだろう」
「……冷静な説明台詞ありがとうよ……てか闇鍋が死を引き寄せるって認めてんのかお前……」
そんな間にアイギスが綾時の傍に近寄った。
「アイギス……」
「綾時くん……これは、お返しします」
そういって差し出したのは、腕。
「そっか……役に立たなくて、残念だよ」
綾時は右手で受け取ったそれを平然と左にくっ付ける。そういえば左腕、さっきからなかったかもしれない。
ちなみに、順平は口を開けたまま何も言えない。
「綾時。どうでもいいけどこれから夕飯だし、食べていくか?」
「え、本当?やった」
「そのかわり手伝って。闇鍋延期にしちゃったし……鍋ならあるものぶっこむだけで楽なんだけど」
「それくらい当然やるよ」
「アイギスも荒垣さんも手伝って」
「分かりました」
「しゃあねえな」
ちょいちょい、と二人を手招きしながら彼はキッチンへと消えていった。
最後に呼ばれた在り得ない人の名前は、聞かなかったことにしておこう。
⇒「メンバー内で鍋」という友人の相川さんのリクエストに答えてみた。
……鍋、してない。
……えーと、順平が可愛そうな役回りでごめんなさいアイギスが好きなんですごめんなさい真田先輩はやはりこのポジションでいいと思うんですごめんなさいそのほかのメンバーが明らかに描写を逃げててごめんなさい特にゆかりと天田は完全に出番ないですごめんなさい綾時はやっぱり出したくなったんですごめんなさい。とにかくいろいろと謝っときます。うん。
美鶴先輩の持ち出した不思議生物は、サモンナイト3からです。分かる人、いるかな。
久しぶりに主人公の名前出しませんでしたよ。意地でも出すものかとも思いましたけど(笑
一箇所隠し台詞あります。まあ、分かりやすいですよ。特に意味もないですけど。てへ(何
ちなみに。普通の鍋でも結構大変だと思います(笑)お奉行様にはなりたくないですね、食べられないこと請け合い。
相川さん、こんなんでよければ貰ってやってください。返品&文句可ですよ。
2006/09/25