弱さの強さ

 

 

 

 常に前を見ている。その眼差しが後ろを向くことはない。

 辛いことがあってもそんな顔一つ見せない。

 困難に直面しても動揺せずにこなしてみせる。

 

 一人で歩いていける力を持っている。その強い力が羨ましい。

 

 

「信じ続ければいい。今まで何の根拠もない状態でも信じることができたんだから、今更それが覆るわけでもない」

 

 

 きっぱりと言い切ったその姿はまぶしすぎた。

 

 

「信じ続けたことは、無駄じゃなかった」

 ゆかりは彼の目を見て告げた。

「教えてくれてありがとう」

 彼の言葉が、ゆかりを救ってくれたと思うから。

 素直な気持ちを伝えると、彼はわずかに困ったような顔を見せた。

「そうか。よかった」

「何でそんな顔するのよ。貴方のおかげだって言ってるの」

「そんな意味で言ったんじゃなかったから」

「え?」

 

「辛いのなら考えるのをやめればいい。答えが出ないのなら考えても仕方がない。たとえ誤りがあったとしても、信じ

ていれば苦しくない」

 

 彼は淡々と言葉を並べた。

「嫌なことなら、忘れてしまえばいい」

「……」

「岳羽は、強いな。羨ましい」

 

 

 

 きっとそれは、自惚れのつもりはないけど、彼の本心からの言葉だったんじゃないかって思ったら、

 彼の強さが、彼の弱いところから来るものだと知ってしまった私は、

 一人で立っている彼の後姿が、急に寂しげに見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2006/08/13

 思考停止で逃げるの図。強いのは弱いから。
 最近のマイブームは「矛盾した二つの同時存在」のようで。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界を見る目

 

 

 

「……」

「……」

 

 いつまでも続く沈黙に、自分の判断の甘さを知った。

 順平以外にはだんまりを続けるチドリという少女から少しでも何か聞き出したいと思った。すでにそれが無益な行

為であることにうすうす感づいてはいるのだが、もう少し粘りたかった。

 学校帰りに偶然見つけた彼を引き連れたのは淡い希望があったからだ。様々な面で自分の想像以上の力を見せ

てくれる彼ならば、何か打開策を見出してくれるのではないかと。

 

 だが、落ち着いて考えてみろ。基本的に必要以上話そうとしない彼に会話を望むことがすでに考えが至らなかっ

た証だ。取調べのようなことは私たちが同じことを何度もやっている。彼にもそれがわかっているのだろう、そういっ

たことは無駄だと知っているから一切口にしない。

 ならば彼に世間話でもしろと言うのか。やれと言えばきっとやるだろうが。

 

 もう帰ろうかと彼に声をかけようとしたとき、チドリのベッドの脇においてあったスケッチブックが落ちてページが開

いた。描かれているのはぐちゃぐちゃとした直線状のもので幾重にも重ねられた細長いシロモノ。それ以上の形容

は美鶴にはできそうにない。

 彼はスケッチブックをを拾い上げ、ゆっくりとそれを見た。

 

「月光館学園」

 

 え、と美鶴が彼に尋ねようとする前に、口を開いた者がいた。

「……そうだけど、それが何」

 チドリが睨み付ける様な目で彼を見ていた。

 順平以外の者に自分から口を開いたのを美鶴が見るのは初めてだ。目を見開いてその様子を見ていると、彼はス

ケッチブックのページを繰りながら更に言葉を重ねた。

「ムーンライトブリッジ、モノレール」

「……」

「ポロニアンモールの噴水……あ、桜の木」

「これが……か?」

 彼の手元をのぞいても、奇怪なオブジェのようなものが描かれているだけにしか見えない。

「……これは、映画館?」

「……」

「これって、何かいいことでもあったのか?すごく生き生きしてる」

「―――――!!」

 

 チドリが息を呑んでいるのにも驚いたが、それ以上に彼に驚いていた。

 奇怪な絵を見てそれが分かるだけでなく「生き生きしてる」だなどという言葉を言うことができるのが、分からな

かった。

 結局この言葉に大きく反応したチドリに追い出されて私たちは病室の外に出た。

 どうしてあの絵に描かれているものが分かったのかと聞くと、彼は簡潔にこう答えた。

「感情が一緒に描かれているから、面白い」

 答えになっていないように思ったが、なんとなくその言葉には納得してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2006/08/14

 直感勝負。
 いろいろなペルソナを持っているってことは、そのいろいろな感情を知っているってことではないかと思えたので。

 きっとチドリは奇怪なファッションに身を包みながらもどこかで「普通」に憧れていたんじゃないかな、と妄想。
 普通に学校に行って、普通に遊びに行って……って。
 順平とはじめに会ったのは映画館の前で、「見えないでしょ」って言ってたんだから対照にしていたものがあるわけで、描いていたものは何だったのだろうって考えると、まあ妥当なのは映画館なわけで。

 チドリと主人公のからみが全くなかったのは寂しかった。完全に蚊帳の外だったし。
 まあ、そりゃあ、チドリは順平の物語であるわけだけど。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

選ばれなかった可能性

 

 

 

 素直はあまり物事に対して思考時間を割こうとしない。即決即断が基本だ。

 考えることが嫌いなんだときっぱり言われ、だったら学校の成績は常に上位にいるのはどうしてなんだよなどと理

不尽な気持ちになる。それを直接問うと返ってきた答えは「考えて答えが出ないものに対しての思考が無駄だと感

じるだけだ」というものだった。そんなことを言っても、テスト用紙に書かれた数式は順平には考えても全く理解でき

ないことがしばしばあるのだが、それはどうなんだ。

 

 そんな素直が珍しく迷っていた。誤って引っ掛けて壊してしまった傘を買いなおすためにポロニアンモールに出てき

たときだった。

「傘なんか別になんだっていいんじゃねーの?」

「確かに、雨を凌げればいいんだけど」

 そう言う彼の手には2本の傘が握られている。

「持ちやすいけど色が派手。持ちにくいけど落ち着いた色」

「あれだ、どーれーにーしーよーかな、でいーじゃん」

「……こっちにするか」

 順平の意見は素直の判断に消された。

 悩んでたんじゃなかったのかよ。

「直感だ」

 あーそうかい。

 

 

 

 

 

 

 後日、雨の日。

 下駄箱の前に男3人。

「あー雨だな」

「雨だね」

 感動の程でもないと思うのだが、素直は突っ込まない。面倒だから。

「あ、綾時のその傘」

「え、どうかした?」

「こいつが迷ってたやつだ」

「……ああ、そうだな」

「え、そうなんだ。僕これ見てすぐに決めちゃったけど……あ、でも藤草くんが持ってるその傘もいいなあ」

 綾時が素直の傘をのぞき込んだ。

「もしどちらか片方しかなかったら、迷わず選んでる」

「じゃあどうして君はその傘を買おうと思ったの?」

「直感だ」

 順平に言ったのと同じ答えを綾時にも返した。

 だが、その続きがあった。

「別の日だったり別の時間だったら同じ判断をしていたかどうかなんて分からない」

 綾時の選択を自分がすることもあっただろう、と素直は言った。

「あ、でも僕も買うときにもしその傘があったら「素直さん」

 突然の声に振り向くと、仏頂面したアイギスがずんと立っていた。

「雨です。早めに帰宅したほうがよいと思われるであります」

「……ああ、今帰るところ」

「そうですか。では行きましょう」

 アイギスは素直の腕をつかむと傘も差さず、返事を待つこともなくそのまま引きずっていってしまった。

 途中で素直が諦めて、アイギスに傘を差し出しながら二人で歩いていく。

「アイギス……」

「僕、本当に何かしたかな……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2006/08/15

2006/08/30 主人公名修正

 

 素直が選ばなかった可能性を綾時が選んでるって話を書きたかったんだけど、単に好みが似てるね、ってだけの話になってしまった気がするorz
 ちなみに彼の成績は学年トップではない。面倒だから上位キープで終わり。とろうと思えば簡単にトップ取れる人(笑