月の姫

 

 

 

 ―――かぐや姫。

 

 ―――え?

 

 ―――かぐや姫、みたい。

 

 ―――僕が?どうして?

 

 ―――月に焦がれ、月に帰る。

 

 ―――僕はそんな綺麗なものじゃないよ。それに、

 

 ―――それに?

 

 ―――かぐや姫は不死の薬を渡すけど、僕は死をもたらすものだ。

 

 ―――それを言うなら、かぐや姫は求婚する4人に厳しい試練を与えた。その中には死んでしまう者もいた。これ

はこれで「死をもたらすもの」だけど。かぐや姫は綺麗なだけの話じゃないし。

 

 ―――でもさ、僕は全てのものに死を与える存在だよ。

 

 ―――あ、ほんの短期間で成長したのも似てる。ファルロスがいきなり大きくなって綾時になったし。

 

 ―――別にいきなり大きくなったわけじゃないのに。君と一緒に過ごしてきたわけだしさ。……ねえ、いきなりどう

したの?

 

 ―――悔しいと思っただけ。

 

 ―――……どうして?

 

 ―――月に帰るかぐや姫をなんとか止めようとしても、それはかなわなかった。月の者には手を出せず、彼女は

月に帰ってしまった。そんなところまで似なくても、よかったのに。

 

 ―――違うじゃないか。君たちは月の者を打ち倒した。それは覆されたのに、どうして?

 

 ―――かぐや姫=僕の友だちは、月に帰ってしまうだろう?

 

 ―――……ありがとう。まだ、友達と呼んでくれるんだね。

 

 ―――君にとって僕は友達じゃないのか?

 

 ―――そんなこと!……本当に、ありがとう。すごく嬉しい。

 

 ―――……もう帰るのか?

 

 ―――うん。君のおかげだよ。僕はまた眠ることができる。この美しい世界を死に包むことなく……このこともお礼

を言わなきゃ。ありがとう。

 

 ―――嬉しいような、悲しいような……分からないな。

 

 ―――おやすみ。でも君は早く起きたほうがいいよ。皆、心配してるからね。

 

 ―――ああ、そうか……そうだったな。……おやすみ。

 

 ―――また、会おうね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2006/08/18 

ファルロスや綾時は男の子だし、彼に「かぐや姫って……僕は男なのに」と言わせようとして、でもニュクス・アバターな彼の場合性別の観念なんかあるのかと思ったので却下。
とにかく「月だよなーかぐや姫みたいだなー」との思いつきで書いていったので煮え切らない感じ。書いている途中でオチもころころと変わったし。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

終わらない話と止まる思考

 

 

 

 目の前のイヤホンマンが途中で本を閉じたのを見て、グローブの手入れをしていた真田も顔を上げた。

 彼が読むのをやめたのは厚さからして半分を少し超えた辺りだろう。作品にもよるが山場を迎える最も面白くなる

部分だ。

 しかし本を閉じた後どうするかと思えば、彼は再び初めからページをめくり始めた。

「おい……まさか内容を忘れてしまったんじゃないだろうな?」

 真田が軽く茶化したように言えば、彼はわずかに顔を上げて真田のほうを見る。だが軽く首を振って否定の意を

示した後は何も言わずまた読書を再開した。

「何?じゃ、何でまた初めから……」

 話を忘れたわけでないのなら、単に特定のシーンが好きだから、とか……?

 真田が一人で首をひねっていると、読書を続けていた彼がわずかに眉をひそめて真田のほうを見つめているのに

気が付いた。

 ああ、これは面倒くさがっているのだな、と気付くのに時間はかからない。彼は普通の人が絶対に気にせざるを

得ない事象などを平気で切り捨てることができる人だ。考えるときに必ず通る思考の海を、たいていの場合すっ飛

ばす。わざとなのだろうか、それとも地なのだろうか。

 しかし顔を上げているということは説明する意思はあるということだ。

 数瞬待つと、イヤホンをとりながらぽつりと彼が答えた。

「この先は、読むのが面倒だから」

 あまりに呆気ない答えに真田は拍子抜けした。

「面倒って、お前な……」

「物語としては、このシーンは物語の謎が最も深まるところ。そしてもうすぐ謎が解ける」

「あと少しでいいところじゃないか」

「でもこの後の話は、読みたいと思わない」

「……そうなのか?」

「だから読みません。ここで僕の中のこの『物語』は成立する」

 それで充分だと言い切って彼は本を閉じた。ひょいとその本を投げ出しイヤホンを再びつけると、彼はソファの向こ

う側へと向かった。どこへ行くのかと思えばテレビをつけるだけのようだ。

 真田はその様子を横目で見ながら彼の投げ出した本の表紙を見て、そして気が付いた。

 

 そういえば、結構前からずっとこの本を読んでいるような……?

 

「おい」

 真田はソファに戻ってきた彼に声をかけた。

「お前、その本……大分前から読んでないか?」

 彼はうなずいた。

「その本、好きなのか?」

 言ってから先程のやり取りを思い出し、おかしな問いであることに気付いた。

 彼はもうその本には触れようとせず、イヤホンをつけたままでテレビの画面をじっと見つめていた。

「読みたければどうぞ。別にその本でなくてもいい」

 彼は確かにテレビを見ているのに、彼は何も見てはいなかった。

 彼は確かにイヤホンをしているのに、彼は何も聞いてはいなかった。

 

 

 

 無駄なことを考えないように音楽を聴く。

 思考をさせないために本を読む。

 

 その目的さえかなえば何でもいい。

 同じ音楽を聴き続け、同じ本を何度も読み直す。

 

 彼にとってはそれで十分なのだ。

 

 

 

 後に真田は彼が置いていった本をゆっくりと時間をかけながらも読み終えた。彼が物語として認めなかったところ

も当然読んだ。

 読み終えた瞬間に、充実感よりもどこか寂寥感が芽生えたのは、物語のせいではないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2006/08/20

 本を読んでてもゲームやっててもそうだけど「終わりが見たいけどもったいないから終わって欲しくない」という感覚が常にどこかにあって。
 で、彼はそれを実行してしまう人間。終わりを見ることなく物語は彼の中で永遠に続いている。決着をつけるという行為が嫌いだから、という感じで。「終わり」をどこかで恐れているというか。まあどちらにせよ彼にとって読書は思考をつぶすための「手段」に過ぎないわけでもあるのですが。うーん矛盾。

 真田先輩はこう、単体の心の変化にはめっぽう強いというか、でも複数の人が絡むと弱いというか、そんなイメージがあります(訳わからないから


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢の逢瀬の後

 

 

 

 風花が彼の姿を見つけることができたのは、コロマルがひとつ吼えたからだ。

 彼は神社の隅にある古びたベンチに一人で座っていた。陰になっているその場所は軽く見ただけでは気付くこと

ができるところではなく、いつも散歩に通っているのに、風花がその存在に気付いたのがこれが初めてだった。

 階段を上って彼の元へと向かう。

 彼はベンチに座って何をするでもなく、ただ視線を宙に彷徨わせているだけだった。一人でいるときにしては珍しく

プレーヤーは首にかけられたままだ。

 

 声をかけようとしたのが一瞬ためらわれた。

 

 彼はいつの間にか手に持っていたぼろぼろのノートを見て、寂しそうな表情を浮かべていた。その顔は悲しげなの

に、どこか誇らしげですらある。

 ゆっくりと目を閉じて、ノートを持つ手に力を入れた。

 

 ―――わんっ

 

 コロマルが大きく吼えた。

 その声に風花も彼も、気を取り戻す。

「……こんな寂しいところで、どうしたの?」

 風花に気付いて顔を上げた彼に、声をかける。

 彼は儚げに微笑んで立ち上がった。

「待っててくれた友人に会ってた」

 そのまま散歩に付き合う気なのだろう、彼はコロマルを軽くなでると風花を促した。脇には大事そうにノートを抱え

たままで。

 

 神社を出る前にコロマルが振り返ってもう一度、今度はどこか弱々しく吼えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2006/08/24

 ……風花はどこか「傍観者」のイメージがあるのはどうしてなんだろう。決して影が薄いとかそういう意味ではなく、自分の中では「見守る人」とか「吟遊詩人」系のイメージがあるというか。
 神木は彼に物語を渡すために待っててくれたんだよなーって思うと何だか嬉しいような寂しいような気持ちになります。