月が世界を覆う前に

 

 

 

 皆既日食――月が太陽の裏側にある新月のとき、太陽を覆い隠してしまう現象。

 月は太陽からの光を反射して輝いているに過ぎない。そう知識としてあっても、シャドウはその反射光に反応す

る。その理由を考えても答えは出ない、そして答えを探す必要は自分にはない。

 アイギスの存在意義は、シャドウの殲滅と、そして後もうひとつ――理由は分からないけれど、彼を守護すること

――にあるのだから。

 考えることはアイギスの役目ではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 波打ち際に座り込み、規則正しく打ち寄せてくる海水を足に浸しながら、素直は少し先にいる3人を見た。

 順平が水をかけ、山岸が困ったように笑い、岳羽が怒りながら反撃する。一昨日の遊びをまた繰り返している。先

程まではあの中に素直も強制参加させられていたのだが、エンドレスに続く遊びに疲労のほうが先に来てしまって

リタイアさせてもらった。

「おっまえ、若者としてフケンコーだな」

 お前らが元気すぎるだけだ。

 順平のからかいにも声を出さずに心の中で突っ込んで、少し離れたところからそれを見ている。少し風が出てきた

ためパーカーを羽織ったら逆に暑くて仕様がない。脱ぐ気にもならないが。

「……アイギス」

「はい。何でありますか」

「遊んで、くれば?」

 疲れの原因にはきっとこの少女(?)の存在もあるだろう、と軽く思いながら彼女の方を向いた。

 機械の乙女――アイギス。

「いいえ、素直さんの傍にいるであります」

 右斜め後ろに付き従うように立っている。先程までは彼女も一緒にあの中にいたのだ。素直が抜けると同時にア

イギスも遊びの輪から離脱した。まるで護衛のように素直の傍にいる。

「……どうして、僕の傍に?」

「あなたの傍にいることが私の一番の大切だからであります」

 

 

 

 

 

 

 アイギスにとって彼――藤草素直は守護すべき存在。彼の傍にいることがアイギスにとって大切なこと。

 きっと彼が求めている回答はそんな曖昧なものではないだろう。しかしアイギスにはその答えしか返すことができ

ない。それが全てなのだ。

 目を細めてアイギスを仰ぎ見ている彼を、正面から見つめる。

「……」

 まあ、いい。掠れる様な小さな声の呟きも、アイギスは聞き取ることができた。素直はあくびをかみ殺しながらゆっ

くりと立ち上がり、足に水が浸るように波打ち際を歩きながらパラソルのほうへと戻っていこうとした。順平たちのとこ

ろにいたときに喉が渇いたなどとも言っていたため、おそらくは飲み物を取りに行ったのだろう。

 アイギスは少し遅れてそれについて行こうとする。少し離れた距離を縮めるために軽く駆け足になろうとしていたと

き、向かいにいる彼の顔に影が降りた。

 

 ふっと暗くなったかと思うと同時、太陽の光が食われていく。顔を上げて太陽を見れば、その丸い姿が侵食されて

いくところだった。

 

 皆既日食――ひとつの単語が思い出される。

 太陽が、月に食われるのだ。

 

 月は容赦なく太陽に食らい付き、徐々にその光が失われていく。それと同じく地上にも光は届かなくなり、闇が大

地を覆う。

「おおっ!何だー!?」

 離れたところで叫んでいる順平の声もどこか遠い。他の皆の感嘆の声も闇に溶けていく。

 上げていた顔を戻して彼の方を向いた。彼にもまた影が降り、薄暗い中で姿が見えなくなる――否、赤外線セン

サーでアイギスが姿を見つけることはできるだろう。しかし。

 素直は少しずつ影に、闇に食われていく。彼は手で庇を作って太陽が食われていくさまをじっと見ていた。そこに、

いる。

 

 闇の中にいる彼の姿は確かにそこにいるはずなのに、でも「月が太陽を食らいつくし」てその影が彼を包み込んで

いくその瞬間。

 闇と共に彼が溶けていく。

 彼が、「月の闇」の中に溶けて、いく。

 

 影の中、彼の背後ににたりと笑うカタマリを見た気がした。

 

 

 

 走りよって、彼の腕を掴んだ。引き寄せるように、すがりつくように。

 

 

 

 やがて太陽は光を取り戻し、大地から影が逃げていく。周囲の驚きの声もよそに、アイギスは彼の腕をぎゅっと

掴んでいた。

「アイ、ギス?」

 素直が戸惑ったように名前を呼ぶ。アイギスは彼の目をじっと見た。

「ごめんなさい」

 何故か、謝らねばならないと思った。考えても答えは出ない、しかし結論は出る。

 

「あなたは、私が守ります。絶対に、絶対に、守るであります」

 

 あなたが闇に呑まれてしまわぬように。

 

 せめて―――傍にいて、見守らせて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

⇒2009/07/22に皆既日食が本当に起こると知ってうきうき気分で書き上げたネタ。狙ってたとしたらすごいと思う(笑

 屋久島南部〜トカラ列島〜奄美大島で見られるってあたりもビンゴ。もうぴったしですね。

 でもアイギスの気持ちがいまひとつ掴めてないorz  2006/09/18

 

 2006/09/19 アイギスの台詞修正。この時のアイギスは「主人公が大切な存在」というよりは「主人公の傍にいることが大切」なだけに過ぎない気がしたので。些細なことですけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風とともに去ってくれ

 

 

 

 アイギスという少女が転入してきてから、俺の心の友・藤草はどうにもおかしい。

 やつが転入初日から、あの競争率の高い岳羽ゆかりと登校してきたことは周知の事実だが、藤草は気にもしてい

ないようで。その後の進展の話など全く聞いたことがない。それなりにフェミニストの気はあるらしいが、特定の女性

を気にしているというようなことはないらしい。キスなどしたことない、と無表情でさもどうでもよいことのように抜かし

たことだってある。

 しかしやつは、毎朝件の金髪美少女と登校してくるのだ!

 何と言っても転入初日から「私の一番の大切はこの人の傍にいること」だなんて言わせたくらいだ。

 これって、面白すぎじゃねぇ?

 

 

 

 お、そんなこと考えてたら噂のお二人を発見。今日も仲良く二人一緒に登校……って実は遅刻すれすれの時間な

のにいい度胸してるなこいつら。もうすぐ予鈴がなるというのに藤草はいつもどおりのポーカーフェイスでゆっくりと歩

いているし、アイギスはというとその隣でやはり何事もないようにしている。

 二人が並んでいる姿は言ってしまえばどこかのファッション雑誌のピンナップに相応しいくらいに出来過ぎたイメー

ジを受けるのだが、渦中の二人の様子はそっけない。いや、親友(自称)である友近からみれば、藤草が意識して

無表情を保とうとしているらしいことが分かる。

 

「きゃあっ」

 二人に後ろから声をかけようとしたとき、風が吹いた。

 それはもう結構強い風。道端に転がる空き缶はどこまでも転がっていくし、窓の開いていた教室からはまとめられ

ていないカーテンがばたばたとはためいた。

 短いスカートをはいてる女子生徒たちは慌てふためいて裾を押さえていた。

「……あっ」

 スカートの害を受けるのはアイギスだって例外じゃない。

 だけどスカートがめくれて友近が一瞬見たその下は、ピカピカとした光沢を放つ何かだった。

 すぐに風が止んでしまってしっかりとは見えなかったけど、金色っぽいごちゃごちゃした硬そうなものやねじっぽい

黒々としたものとか、こう、何と言えばいいんだか。

 風が吹いている間もアイギスは落ち着き払ったままで、慌ててスカートを押さえようだなどとしようもせず。

 そのスカートの裾はちょっとの間はためいていた。

 

「あ、アイギス!」

「はい、何でありますか?」

「……いや、そんな、落ち着いてないで、スカートが」

 どもりながら訴えようとする藤草の姿は少しかわいそうなくらいだった。それに応じるアイギスの冷静さが余計に涙

を誘う。

「風が吹いたときは押さえるべきでありますか?」

「……スカートの下、見えるから」

「了解であります」

 小首をかしげながらも頷いたアイギスの姿は可愛らしい、と思うけど。

「な、なあ藤草……」

「……ああ、おはよう。友近」

 恐る恐る声をかけると、藤草から返ってきたのは極上の笑顔だった。

 

 ……笑顔?

 

「あのさ、さっきアイギスの……」

「もうすぐ予鈴がなるけど、急がなくてもいいの?」

「いや、そうじゃなくて」

「見てないよね?」

「え」

 笑顔を貼り付けたまま、頭が鼻に触れるほどまで接近。

 上目遣いでにっこりと微笑んで、朗らかに言った。

「女の子のスカートの中身なんか、見てないよね?」

「え、あの」

「友近って年上好みだし、同級生なんて興味ないよね?」

「いや、その」

「まさか、そんな非常識なこと、してないよね?」

「……えっと」

 キーンコーン

 予鈴のベル。普段なら焦るこの音も、今の友近にとっては救いのようにすら思えた。

「み、見てない。見てないから!」

 

 

 

 友近の姿が砂煙とともに消えていくのを藤草は笑顔で見送った。

「アイギス」

「はい」

「スカートの下、見えるから」

 藤草は先ほど言った言葉を繰り返した。

 

 

 

 

 

「……岳羽、山岸、桐条先輩。アイギスに「女の子」としての常識を教えておいて欲しいんですけど」

 その日寮に帰ってすぐ藤草から絞り出すように言われたその懇願に、メンバーは顔を見合わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

⇒被害者友近。

 スカートめくれたら見えちゃうわけですよね、あれ。足の接続部分隠すならズボン履かないと。きっとアイギスって秋口の時点ではスカートがはためくことなんて気にも留めなさそうだし(ぇ

 アイギス関連だと取り乱す主人公、が書きたかったのに、な(遠い目

2006/08/31